人が好きです。笑いが好きです。 様々なバックグラウンドを持った人たちと触れ合える英語が好きです。 そしてその英語を教えることが大好きです。
私自身、成人してから渡米し英語を習得したので子供の頃から英語環境にいて自然に英語を身につけた帰国子女ではありません。渡米当時、言われていることがわからず、言いたいことが伝えられず、悔しく恥ずかしい思いをしたことは幾度となくあります。なので英語学習者の苦労や挫折、気持ちがわかります。そして何よりも日本語話者の間違えやすい部分や、発音しにくい音、リズムの違いなどを熟知しています。
20年に渡り英語教育に従事してきました。
現在はスカイプレッスンで日本をはじめ世界中に住む日本人に英語を教えています。
昔はインターネットなどありませんでした。 家族へ郵便局から手紙を送ろうとして、この手紙を日本へ航空便で送りたい、というたったそれだけのことがうまく言えず郵便局員に”What?”と聞き返され、数回繰り返したものの伝わらず、しまいには諦められ “Next, Please! “(次の方!)と無視された屈辱の経験が英語習得の原動力になりました。絶対に英語をものにする!とその時決めました。今から 20 年以上前のことです。
こうして私自身、英語ができなくて言いたいことが伝えられずもどかしい思いを何度も経験しています。 そして必ず話せるようになる!という強い信念の元、自分なりに工夫と努力をして英語を身につけていきました。
海外に住めば英語が話せるようになるというのは間違いです。幼少期から英語環境に居たわけではなく、大人になってから英語圏で生活した場合は、皆が正確な発音で正しい英語を話せるようになる訳ではありません。何十年生活していても母国語訛りの強いブロークンな英語から抜け出せないことはよくあります。意識して正しい英語を真似し取得しようとする努力は欠かせません。
このように英語が話せない人間が、どのような過程を経て自由に話せるようになるのかということを実体験していますので、子供の頃から自然に英語を身につけた帰国子女とは異なり、英語を教える上で学習者の立場に立って指導することができます。
某大学心理学科に入学するも、物足りなさを感じ中退し、渡米。カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の英語学校を卒業し、ベイエリアのサンマテオコミュニティカレッジに入学。2年後に日本人学生のいない環境を求めて、東海岸マサチューセッツ州田舎町にあるマサチューセッツ州立大学ダートマス校(旧サウスイースタンマサチューセッツ大学)の3年に編入。日本語を一切話さない英語漬けの生活の中で、英語力をつける。
途中大学を休学し資金作りのため東京へ戻った時、英会話学校で初めて英会話を教え面白さを知る。3校掛け持ちでビジネスマンの早朝クラスから、午前午後の主婦、子供向けクラス、学生や社会人の英会話クラスを担当し資金を貯め再び渡米、大学に戻る。約1年半後に無事卒業。カリフォルニアの日系企業に就職しバイリンガル社長秘書の職務に就く。
仕事は日本語と英語が活かせ多国籍社員の間の橋渡しをする役目ではあったが、元来人と接することが好きなことから、オフィス業務に不向きであることに気づき退職。広い世界を見たくなり、半年間休み無しのダブルワークで資金を作り3ヶ月のヨーロッパひとり旅へバックパッカーデビュー。その後日本に帰国。本格的に英会話講師として、様々な語学教育機関で経験を積む。
人が好きなので、どんなタイプの方とも打ち解けて楽しくレッスンできるのが強みです。これまで幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生、専門学校生、社会人、主婦、大学教授、外資系企業社員、海外赴任前のビジネスマン、会社経営者、県庁職員、移住を控えた方、インターナショナルスクール進学希望者及び在籍者、母子留学など海外在住者、退職者世代の方、海外プレゼンを控えた方など、幅広い年齢層、職種の方に教えてきました。恐れずに英語をどんどん口に出せる方から、シャイでなかなか英語を口にできないタイプの方まで今まで約20年の講師経験の中でフリータイム制スクールを入れると教えた生徒さんは4,500人以上になります。
英語指導の他、学習者の到達目標に沿ったカリキュラム作成、オリジナル教材制作、習熟度査定、学習方法アドバイス、カウンセリング、新任講師指導など、英語教育全般に関わる幅広い経験があります。
2000年に趣味であった写真を本格的に勉強する為にニューヨークへ渡米、International Center of Photography (国際写真センター)のGeneral Studies 卒業。その後紆余曲折を経て2006年日本に帰国。2011年の東日本大震災を機に2013年春に子供を連れてマレーシアのペナン島に引っ越し現在に至ります。