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ブログ「英語人」プロフィール

こんにちは!Yoko です。
ブログをご訪問いただきありがとうございます。

 

このページでは、東京で生まれ育った自分がアメリカ大学留学で英語を習得し、そこから世界を広げて後に英会話講師になり、現在マレーシアペナン島で暮らすようになるまでのことを、英語との関わりを中心にご紹介します。

 

私自身、成人してから渡米し英語を習得したので子供の頃から英語環境にいて自然に英語を身につけた帰国子女ではありません。

 

渡米当時、言われていることがわからず、言いたいことが伝えられず、悔しく恥ずかしい思いをしたことは数えきれないほどたくさんあります。スタートは自分も一人の英語学習者でした。

 

経歴

  • 米国サンフランシスコ郊外の日系建設会社社長秘書
  • 都内英会話スクール6校で英会話講師
  • 経済産業省(旧通産省)特許庁 職員英語研修講師
  • 早稲田大学 Tutorial English チューター
  • 東京都墨田区教育委員会主宰 児童英語講座講師
  • 英会話学習教材スピードラーニング製作会社
  • 個人英会話教室

 

20年に渡り英語教育に従事してきました。
現在はスカイプレッスンで日本をはじめ世界中に住む日本人に英語を教えています。

 

学歴 • 資格
  • 米国マサチューセッツ州立大学 ダートマス校卒業 社会学専攻
    University of Massachusetts, Dartmouth ( BA in Sociology, cum laude)
  • ニューヨーク国際写真センター卒業
    International Center of Photography
  • TESOL 英語教授法資格取得
  • TOEIC 980点

 

 

英語との関わり

東京の都立高校を卒業。某大学心理学科に入学後1年で物足りなさを感じて中退。コンビニや群馬県山奥の山小屋アルバイトを経て渡米。カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の英語学校を卒業し、ベイエリアの College of San Mateo サンマテオコミュニティカレッジに入学。

 

英語習得加速のために日本人学生のいない環境を求めて、東海岸マサチューセッツ州の田舎町にある University of Massachusetts, Dartmouth マサチューセッツ州立大学ダートマス校(旧サウスイースタンマサチューセッツ大学)の3年に編入。日本語を一切話さず、英語でものを考える英語漬け生活の中で、英語力をつける。

 

途中大学を休学し資金作りのため東京へ戻った時、英会話学校で初めて英会話を教え、ティーチングの面白さを知る。3校掛け持ちでビジネスマンの早朝クラスから、午前午後の主婦、子供向けクラス、学生や社会人の英会話クラスを担当しお金を貯めて再び渡米、大学に戻る。約1年半後に卒業。カリフォルニアの日系企業に就職し、バイリンガル社長秘書の職務に就く。

 

仕事は日英のデスクワークに加えて、多国籍社員間の橋渡しをする役目もあり、それまでの自分の経験を活かせるものであったが、元々人と接することが好きなことから、デスクワークがメインの秘書業務に不向きであることに気づき退職。

 

広い世界を見たくなり、半年間休み無しのダブルワークで旅費を貯め、3ヶ月間のヨーロッパ  • バックパッカーひとり旅へ。英語が話せると自由に何処へでも行かれ、誰とでも話せて世界が広がることを実感。その時のひとり旅体験が素晴らしく、子供を持った今でも休暇には未知の世界へ探検に行くような感覚で旅をし続けています。

 

 

後に日本に帰国し、本格的に英会話講師として様々な語学教育機関で経験を積む。これまでに赤ちゃん、幼稚園児、小学生、中学生、高校生、大学生、専門学校生、社会人、主婦、外資系企業社員、海外赴任前のビジネスマン、会社経営者、大学教授、県庁職員、移住を控えた方、インターナショナルスクール進学希望者及び在籍者、母子留学など海外在住者、退職者世代の方、海外プレゼンを控えた方など、幅広い年齢層、職業の方に英語を教えてきました。

 

人が好きなので、どんなタイプの方とも楽しくレッスンできるのが強みです。恐れずに英語をどんどん口に出せる方から、シャイでなかなか英語を口にできないタイプの方まで今まで約20年の講師経験の中でフリータイム制スクールを入れると教えた生徒さんは4,500人以上になります。

 

英語指導の他に、学習者の到達目標に沿ったカリキュラム作成、オリジナル教材制作、習熟度査定、学習方法アドバイス、カウンセリング、新任講師指導など、英語教育全般に関わる幅広い経験あり。

 

趣味であった写真を本格的に勉強する為、2000年にニューヨークへ渡米、International Center of Photography (国際写真センター)のGeneral Studies 科卒業。結局写真家への道へは進みませんでしたが、今でも写真を撮ることは生活の一部であり、旅先で写真を楽しんでいます。

 

その後紆余曲折を経て、ニューヨーク生まれの息子を連れて2006年日本に帰国し、英会話講師の仕事を続けました。2011年の東日本大震災を機に、2013年春に子供とマレーシアのペナン島に引っ越し現在に至ります。

 

 

英語習得の強い動機になった渡米維持の出来事

私の若い頃はインターネットはありませんでした。 家族へ郵便局から手紙を送ろうとして、この手紙を日本へ航空便で送りたい、というたったそれだけのことがうまく伝えられず、郵便局員に ”What?” と聞き返され、数回繰り返し答えたものの伝わらず、しまいには諦められ “Next, Please! “(次の方!)と無視された屈辱の経験があります。今となっては笑い話ですが、絶対に英語をものにする!とその時決めました。

 

最初に通っていたカリフォルニアの英会話学校で、毎朝新聞記事を一つ読んできてクラスで発表するというタスクがありました。アジア人生徒に差別的だと悪評高かった初老の先生に「君の言っていることは理解不能、英語には聞こえない」と切り捨てられ、休み時間にトイレで泣いたこともあります。

 

 

英語習得までの長い道のり

海外に住めば誰もがその国の言葉を話せるようになるというわけではありません。幼少期から英語環境に居たわけではなく、大人になってから英語圏で生活した場合、そこで身につく英語力には大きな個人差が生まれます。

 

特に発音やイントネーションなど音の部分に関しては、何十年生活していても母国語訛りの強い英語から抜け出せないことはよくあります。自分の場合は小さい頃にピアノを習っており、絶対音感があったことが幸いしてか発音ではそれほど苦労しませんでしたが、それでも始めのうちは ”L” の発音(RでなくてLです)がうまくできませんでした。何度も練習しているうちにある時ふと「あっ!この音だ!」とわかった瞬間が訪れました。

 

大人になってから語学を習得するには、文法を一通り理解し、正確な発音を真似し、語彙の幅を広げるなど、それ相当の取り組みが必要です。

 

最初はこのように英語が話せなかった私ですが、必ず話せるようになる!という強い信念の元、自分なりに工夫と努力をして英語力を身につけていきました。英語の何を間違えるのか、どの部分がわかりにくいのか、日本語と英語の違いなど、学習者であった自分が自由に話せるようになるまでのプロセスを実体験しています。その経験が、より学習者の立場に立った指導を可能にすると思っています。

 

 

ブログへの思い

このブログを通して、英語学習者の方々が今ひとつ使い方がわからなかったり、気づいていなかった間違えなどを認識できたり、新しい表現を覚えたりすることのお手伝いができれば嬉しいです。

 

そして趣味である海外自由旅行や、現在の居住地であるマレーシアペナン島の生活、シングルマザーとして組織に属さずに自由な生き方を求めて奮闘中の日々のレポート、海外情報などをシェアしていきたいと思います。

 

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*申し訳ありませんが現在新しい生徒さんを募集していません。新規募集の際にはツイッターの英語アカウントでお知らせします。

 

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